チェコの首都プラハに中世を代表する天文時計があります。(チェコ語でプラハのオルロイともよばれている)
600年以上も前につくられたプラハの天文時計は、修復や増築を繰り返し、今もなお時間を刻んでいます。
プラハの天文時計の歴史
プラハの天文時計の歴史は古く、つくられたのは1410年。
中世ヨーロッパでは14世紀から15世紀にかけてたくさんの天文時計がつくられたそうで、プラハの天文時計もそのひとつ。
製作を手がけたのはカダンという町出身の時計職人ミクラシュとプラハ・カレル大学の数学・天文学教授ヤン・シンデルの2人でした。
その後、暦表の盤や動く彫像、使徒像など現在の天文時計を構成する主要部分が付け足されていくのですが、損傷したり、修理が必要になることもしばしば。
製作後600年以上もの歴史のなかで、天文時計は何度も修復が繰り返されてきました。
天文時計が大きな損傷を受けたのは第二次世界大戦のとき
プラハの天文時計が一番大きな損傷を受けたのは1945年。第二次世界大戦のときですね。
赤軍がやってきたことによって、降伏を迫られたドイツ軍。当時プラハにいたドイツ軍は、ソ連やアメリカなどの連合国側からの都市奪還を挑発するような内容のラジオ放送があったため、それをおさめるためにプラハの旧市街広場の南西部に向けて爆弾や砲弾による攻撃を行ったんです。
それによって市庁舎や近くの建物が焼け、天文時計も大きな損傷を受けました。
その後わずか3年ほどで天文時計が再び動くように修理されたのですが、おそらく相当大変だったと思います。
天文時計の見どころは2つの盤とからくりのある人形
第二次世界大戦時の大きな損傷も乗り越え、何度も修理や整備を繰り返して、今もプラハの天文時計は動いています。
今となってはプラハの観光名所のひとつ。ちなみに天文時計は旧市街広場の近くにある旧市庁舎の南側の壁にあります。
プラハの天文時計を構成する主要な部分は3つ。
太陽や月の位置など天文図を示す文字盤と月々を表している暦盤、そして1時間ごとに彫像とキリストの使徒が動く人形仕掛けです。
天文図を示す文字盤の特徴
上下に並ぶ2つの盤のうち、上の盤は天文図を示す文字盤です。
少し色あせているのと、写真のアングルが斜めなので少しわかりにくいですが、文字盤を構成するものを順番に説明していきますね。
地球と空が描かれた背景
まず文字盤の背景ですが、地球と空を表しています。
中央に描かれているのが地球、上部の薄い青色の部分が地平線上の空で、下部の黒とオレンジの部分は地平線に空が隠れているのを表しています。
重なるように小さい円と時間を指す針などがあり、針には太陽がついているのですが、その太陽が日中は背景の上部、つまり空を表している薄い青色の部分にくるようになっていて、夜には下部の黒とオレンジの部分にくるようになっています。
昼は太陽が昇り、夜は太陽が沈むというのを、針についている太陽で表しているというわけです。
文字盤の右側に書かれている単語はoccasus(日没)とcrepusculum(黄昏)で、斜めで撮った写真だと隠れていますが、左側にはaurora(夜明け)とortus(上昇)と書かれています。
ヨーロッパの標準時間を表すローマ数字
背景の外側に書かれているローマ数字はヨーロッパの標準時間にもとづくもので、空の部分には12分割された弧が書かれていますが、これは夏時間を補正するものです。
太陽の位置を示す十二宮環
背景に重なる小さい円は十二宮環とよばれるもの。
十二宮という占星術で星座とかを表すのに用いられる記号が書かれていて、十二宮環には黄道上の太陽の位置を示すという役割があります。
古チェコ時間を表すドイツ文字の数字
背景の外側にはヨーロッパの標準時間を示すローマ数字が書かれていますが、そのさらに外側にも数字が書かれています。
この数字はドイツ語の数字で、古いチェコ時間を示しています。
古チェコ時間は日没からはじまる時間らしく、日没が0時になるように動いています。
天文時計の針が示す時間
針には背景の説明でもでてきた太陽の他にも、針の先端に手がついています。
黄金色をしている手が示すのはローマ数字とドイツ語数字。要するにヨーロッパの標準時間(プラハの現地時間)と古チェコ時間を示しています。
月々を表す暦盤の特徴
天文図文字盤に対して下の盤は1490年ごろにつくられたもので、暦表となっています。
円形のものがいっぱいありますが、描かれているのは外側は季節による農事で、内側は十二星座です。
一番外側にはなにやら細かい文字がびっしり書かれているのですが、これは教会暦といわれるキリスト教で用いられる暦で、キリスト教の祝日などが書かれています。
暦表にも時計仕掛けが施されているので、1年をかけて回っています。
キリストの使徒像が動くからくり
プラハの天文時計には使徒の更新とよばれる、キリストの使徒が1時間ごとに動く人形仕掛けがされています。
天文図の文字盤の左右と暦版の左右に計8体の彫像があり、
天文図の文字盤の右側に骸骨がいますが、この骸骨が金を鳴らすと、
時計の上にある窓の部分から12使徒とよばれる像が現れるという仕組みになっています。
使徒の像は1865年に時計の大修復が行われたあとにつけられたものです。
プラハの天文時計は見どころがいっぱい
プラハにある天文時計は今も動いている、600年以上前につくられた中世の天文時計。
その長い歴史と天文図や暦を表している文字盤、精巧な仕掛けが見どころです。
興味がないと1分ぐらいで見飽きてしまいますが、「プラハの天文時計はこういう歴史を経て今ここにあるんだ」とか、「文字盤に書かれているものにはこういう意味があるんだ」とか、色々考えながら見るとなんかすごいなーって感じます。
夜はさらに雰囲気があっていい感じです。
2015年にはプラハの天文時計誕生605周年を記念して、グーグルのロゴが天文時計バージョンになりました。
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