日本

奇妙に立ち並ぶ「橋杭岩」どうやってできた?

橋の杭のように並ぶ奇岩群

橋杭岩
本州の最南端である和歌山県串本町の海岸沿いに奇妙に並んだ奇岩群があります。

橋杭岩
橋杭岩(はしぐいいわ)と呼ばれるこの奇岩群は、大小40余りの岩が幅15m、長さ900mにもわたって、橋の杭のように並んでいます。

橋杭岩は吉野熊野国立公園に属しており、国の名勝や天然記念物としても指定されています。

橋杭岩
朝日夕日百選にも選ばれています。

橋杭岩はどうやってできたのか

橋杭岩
橋杭岩は規則的に真っ直ぐ並んでいますが、自然の力によって作られました。

橋杭岩
地下から上昇したマグマが泥岩層に入り込んで冷えて固まり、波の浸食によって岩の柔らかい部分が削れて硬い部分だけが残りました。それが橋杭岩です。

道の駅に橋杭岩の成り立ちについての説明があったので、参考にしてください。

1500万年ほど前、熊野層群とよばれる砂や泥の厚い地層が海底に堆積しました。橋杭岩のまわりの黒っぽい地層は、その中の敷屋累層(しきやるいそう)の泥岩からできています。この地層が堆積した頃、大島から潮岬付近の海底は火成岩の隆起帯になっていました。
その後、1400万年前になると、大峰山脈や那智から熊野にいたる地域で起こった火成活動にともなって、地層の割れ目に沿ってマグマが上昇して冷え固まり、橋杭岩のもとになります。直立した厚い板状の岩脈は石英斑岩という火成岩からできています。
やがて荒々しい黒潮の波にさらされながらも、橋杭岩の岩脈はまわりの泥岩より硬いため浸食されても残りました。

橋杭岩
橋の杭のような大きな岩のまわりに小さい岩が散在しています。

橋杭岩
なかにはずいぶん離れたところまで岩が転がっています。

橋杭岩
これらの岩は橋杭岩の壊れた部分で、1700年代に起きた宝永地震という巨大地震による津波で、そこまで転がったのだといわれています。

橋杭岩は弘法大師が作ったという伝説

橋杭岩
橋杭岩は自然の力によってできたものだといいましたが、弘法大師によって作られたという言い伝えもあります。

その昔、弘法大師と天の邪鬼が賭けをしました。

弘法大師が夜明けまでに、串本から沖合の島に橋をかけることができるかどうかというものです。

弘法大師が橋の杭をほとんど作り終えたとき、賭けに負けてしまうと思った天の邪鬼はニワトリの鳴き真似をすることで弘法大師に朝が来たと勘違いさせようとしました。

弘法大師は朝が来てしまったと勘違いしてしまい、作りかけの橋を残してその場を去ってしまいます。

橋杭岩
そうして橋杭岩ができたという伝説が残っています。

本当に人の手によって作られたかのように、岩が並んでいる珍しい景観ですが、自然の力によってできたのだと思うとすごいです。

橋杭岩
今回は昼間でしたが、朝日が絶景らしいので、次は朝日を見に来たいと思います。

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